三宅デタガリ恵介

三宅デタガリ恵介は、本名「三宅恵介」というフジテレビの元プロディーサーである。
miyake01

人物の来歴

三宅ディレクターは、1949年生まれで、1980年代は、30代と言う働き盛りの遊び盛りの年齢でした。
また、そのあだ名「三宅デタガリ恵介」の由来にもなりますが、取材やロケでも目立つためにと、赤いシャツやセーターを着たり、裏方の筈なのに、オレたちひょうきん族では、他のディレクターとレコードまで発売しています。

実家が花柳流の家系でもあり、芸能に関しては、人一倍の興味と見て貰いと言う気持ちが強い人なのでしょう。

デタガリエピソード

当時、オレたちひょうきん族を見ていると本当に色々な場面で見きれていました。
そして、そのままレコードデビューをするのですが、この流れは、とんねるずの「野猿」にも通じますが、本来の裏方が表に出て、思い出作りをするパターンと異なり、三宅ディレクターは本当にただただ、映りたかったのではないのではと思える部分があります。

有名な「懺悔室」ですが、神父役は、横澤さんから三宅ディレクターに引き継がれました。

その後

オレたちひょうきん族では、ハチャメチャでしたが、それ以外では手堅い仕事ぶりの様です。
他のディレクターが現場から離れる中、生涯現場で演出をしていたプロディーサーだった様です。

何故か、インタビュアーもしていますが、やはりデタガリな部分は変わらない様です。

思い出

オレたちひょうきん族だけではなく、その後の番組としては、明石家さんまと仕事をする事が多かった様に思います。
オレたちひょうきん族以降もビートたけし、明石家さんま、島田伸助などの番組は、どうしても見ていましたが、ところどころで三宅ディレクターが見え隠れしていました。
特に、特番の「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」では、名前も姿もよく見かけます。
やはり、「赤」の衣装が目立ちます。

miyake02