ひょうきん女子アナ列伝 寺田理恵子編

フジテレビのオレたちひょうきん族、ひょうきん女子アナウンサーの2代目、寺田理恵子さんは、初代の山村さんがテキパキとした「姉ご肌」な女子アナだったのに対して、お嬢様感が溢れている感じでした。
寺田理恵子

プロフィール

寺田理恵子さんは、1961年7月15日生まれ、東京出身です。
1984年にフジテレビに入社し、アナウンサーとなりますが、山村さん同様、入社後、直ぐにオレたちひょうきん族のひょうきん女子アナとなります。
当初は、結婚の為、新婚旅行に行っていた山村さんの代打的なポジションでしたg、山村さんが退社するタイミングで、正式にオレたちひょうきん族のひょうきん女子アナとなりました。
但し、期間としては、1984年4月から翌年の9月までなので、ひょうきん女子アナとしては、一番期間が短くなっています。

1989年に番組制作会社の会社員と結婚をし、フジテレビを退社し、フリーアナウンサーとして活躍されました。
現在もフリーアナウンサーとして活躍されています。

ひょうきん女子アナ

寺田理恵子

オレたちひょうきん族時代は、山村さんが引いたひょうきん女子アナの路線とは違い、お嬢様としての上品さがありましたが、そこを西川のりおやぼんちおさむなどに弄られ、わざと裸を見せたり、下ネタを振るなどしてそのリアクションで遊ばれていた感はあります。

寺田さん的にオレたちひょうきん族時代は、どうだったのかと思い、調べて見たところ
2016年6月の女性自身のインタービューで
「当時のアナウンス部は厳しい職場で『局の看板を背負っているんだ。言動に気をつけろ』とか『タレントとは違うんだ。勘違いするな』とよく言われました。一方で、横澤プロデューサーには『タレントなんか蹴飛ばしてしまえよ』とけしかけられるんです。もう少し、私が器用だったらよかったんですが……。『ひょうきん族』は、ミーハーなイメージがありますが、芸人さんたちは、裏ですごく練習をこなして本番に臨んでいました。面白い番組にするんだ、という熱意はスタッフにも強くあり、現場には、ピンと糸が張ったような緊張感も。そんな雰囲気に触れられたことは、私のその後の財産になりました」
と語っています。

山村さんもお笑いをしながら報道もやっていたので大変だったと言っていましたが、現在の様に「女子アナ=タレント」的な見方をされる前だったので、その辺りは、大変だったのだと思います。
テレビ越しに見ていた感じでは、ちょっとオレたちひょうきん族の雰囲気に合っているとは言い難かった様に思います。
それは、この後を継いだ「長野智子」と言うお笑いに特化した様なアナウンサーが登場した事も要因かもしれません。

ただ、皮肉な事に、現在、長野さんは報道番組をもって活動をしていますが、寺田さんはもっぱらバラエティーでの出演が多い様です。